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Department of Earth and Planetary Environmental Science (UG), Department of Earth and Planetary Science (GR), Graduate School of Science

About Coral Reef

サンゴ礁とは地球環境変動とサンゴ礁大気二酸化炭素とサンゴ礁白化するサンゴ礁水没する環礁の島々古環境変動の記録者としてのサンゴ礁

サンゴ礁とは

サンゴ礁とは,サンゴなどの生物の石灰質骨格が積み重なって作る地形であり生態系です。 サンゴ礁が作った石灰岩は,地殻の一部となります。 サンゴの体内には微細な藻類が共生していて,その光合成によって宿主であるサンゴとサンゴ礁の生物を養っています。 サンゴ礁は,海洋でもっとも種の多様性が高い生態系ですが,これは高い光合成生産とサンゴ礁地形が作った住み場所の多様性によって維持されています。 また,サンゴ礁の光合成・石灰化ともに,大気の二酸化炭素を有機物・石灰岩として,生命圏と地殻に蓄積する機能をもっています。このようにサンゴ礁は,サンゴという生物がサンゴ礁という地形・地質を作って,海岸・沿岸の海洋環境を自ら変え,それに応じて生物の多様性を産み出していること,地球規模の炭素循環とも関わっていることから,大気・地殻・海洋・生命圏の結節点といえます。 ですから,サンゴ礁を通して地球システムが見えてくるのです。 さらにサンゴ礁は,海岸における人間活動の集中と地球環境変動との両方によって破壊される危機にあり,人間圏とも密接に関わっています。

 オーストラリアグレートバリアリーフのサンゴ礁

オーストラリアグレートバリアリーフのサンゴ礁

地球環境変動とサンゴ礁

通常の海岸地形は,物理過程だけに対応して変化します。 そのため,地球環境変動のうち海面上昇だけと関わっています。 これに対してサンゴ礁は,生物が作った地形であるという特性から,二酸化炭素濃度上昇→地球温暖化→海面上昇という地球環境変動のシナリオのすべてと密接に関わっています。

私の研究室では,こうした地球環境変動とサンゴ礁との関わりを明らかにすることを通じて,地球システムの相互作用を理解・解析して予測することを目指しています。 調査は現地における観測を基本として,新しい観測システムの開発やラボにおける採取試料の分析を積極的に取り入れています。 ここでは,シナリオの順番に沿って,私たちの研究室でどんなことをやっているか,ごく簡単に紹介したいと思います。

大気二酸化炭素とサンゴ礁

サンゴ礁における光合成は大気二酸化炭素を有機物として固定する過程ですが,その逆反応である呼吸によって固定された二酸化炭素は放出されます。 炭酸カルシウムの骨格を作る石灰化は固定のように思えますが,実際には海洋を酸性化して二酸化炭素が放出され易くなります。 実際のサンゴ礁で,これらの過程がどのように働いているか,それに伴ってサンゴ礁の二酸化炭素がどのように変動しているかについて,これまで実証的に明らかにされたことはありませんでした。 それは,これまでの海の二酸化炭素計測装置は大がかりで大型の調査船でしか測定できなかったからです。 大きな調査船は,サンゴ礁のような浅瀬に入っていくことは不可能でした。

私たちは,人の手でも持てるようなコンパクトな二酸化炭素計測装置を新たに開発して,サンゴ礁海水の二酸化炭素濃度の変動を世界で初めて観測することに成功しました。 さらにこの装置を琉球列島石垣島では小型船に搭載してその船をサンゴ礁に係留して,パラオ諸島ではサンゴ礁の海底に水没させて設置して,それぞれ1年間二酸化炭素を連続観測することに成功しました。

その結果,サンゴ礁では昼は光合成によって海水中の二酸化炭素濃度は大気の3分の1ほどに,夜は呼吸によって倍近い濃度にと大きな日周変動していることがわかりました。 私たちが計測をおこなったサンゴ礁では,全体としては光合成が呼吸や石灰化にまさっており二酸化炭素濃度が低めである,つまり大気二酸化炭素の吸収源になっていることがわかりました。

この結果はこれまでの学会の常識,サンゴ礁では石灰化の働きで二酸化炭素が放出されているという考えと正反対のもので,サンゴ礁は吸収源か放出源かという論争が起こりました。 その後,いろいろなサンゴ礁で調査が行われ,サンゴ礁の様々な場や条件によって,二酸化炭素が吸収されたり放出されたりしていることが明らかになりました。 しかも次に述べるサンゴ礁の白化の際には,サンゴ礁の光合成ポテンシャルが著しく減退して,二酸化炭素吸収だったサンゴ礁も放出に変わってしまったのです。 サンゴ礁は石灰化が起こっているから二酸化炭素を放出しているはずという机の上の結論から,現場での測定でいろいろなことがわかってきました。

 石垣島サンゴ礁で二酸化炭素連続観測を行っているクレスト号

石垣島サンゴ礁で二酸化炭素連続観測を行っているクレスト号

白化するサンゴ礁

サンゴは緑や茶,黄色など様々な色をしていますが,これはサンゴ体内の共生藻の色です。 サンゴはストレスを受けると体内の共生藻を体外に放出してしまいます。 共生藻を体外に放出したサンゴは,サンゴの透明な体を通して石灰質骨格の色が透けて白くなってしまいます。 これがサンゴの白化です.白化してもサンゴはまだ生きていますが,やがて共生藻からエネルギーを得られなくなったサンゴは死んでしまいます。

1997年から1998年にかけて,世界中のサンゴ礁で次々と白化が起こりました。 この年に起こったエルニーニョに伴っていつもの年よりも2~4度水温の高い海域が熱帯の海を移動していったからです。 琉球列島でも1998年7月から9月にかけて,これまで見たこともないような白化が全域で見られました。

私たちは偶然,白化の直前の1998年5月に石垣島で,総延長3.2kmにもなるサンゴ礁を横切る5本の測線で,サンゴの分布を調べていました。 白化中の9月に急遽同じ測線でサンゴの分布を再度調べたところ,生きているサンゴが半分になってしまったこと,生き残ったサンゴもその半分は白化していることがわかりました。 白化のようなイベントが起こると,それとばかりにたくさんの調査や研究が行われますが,それ以前の状態と比較しなければ本当のことはわかりません。 私たちの調査は,そうした意味で大変貴重なデータを提供してくれます。

その後,私たちは同じ測線で追跡調査を8回行いました。 1年間は変化がなかったのですが,白化後1年目から一部のサンゴで生き残ったサンゴがどんどん成長を始め,2年目には白化前より規模が大きくなった群集も見られました。 さらにサンゴの種によって,白化せずにがんばったもの,白化したけれどその後共生藻を取り戻したもの,白化して死滅してしまったがその後の回復が早かったもの,回復できずに死滅してしまったものなど,様々だったことがわかりました。 また同じ種でも,白化前の群集の規模が小さいものは回復できずに死滅してしまったこともわかりました。 この繰り返し調査によって,白化に対するサンゴの応答は,種と群集の規模によって異なることがわかりました。

ここで用いた方法は,新しい測定機器を使ったのでも,複雑な計算でもありません。 ただひたすら同じ測線に沿ってサンゴの分布を繰り返し記載しただけです。 こんな基本的な調査でも,環境変動に対するサンゴ群集の死滅と回復の仕組みについて重要な知見が得られました。

 1998年9月 白化したエダコモンサンゴ(石垣島)

1998年9月 白化したエダコモンサンゴ(石垣島)

水没する環礁の島々

環礁というのは,サンゴ礁だけがリング状につながったもので,海面に出ているのはその上にできた標高2~3m,幅500mほどの島だけです。 環礁では,こんな島の上に人々が住んでいます。こうした環礁は世界に500近くあり,とくに太平洋に多く分布しています。 マーシャルやキリバス,フランス領ポリネシア,モルジブなど,国土のほとんどすべてが環礁からなる国もあります。 環礁の島の標高は2~3mですから,今世紀中に起こることが予測されている50cmの海面上昇でも,外洋の波が島に直接打ちつけるようになって,島が水没してしまうことが危惧されています。

こうしたことから,護岸やテトラポットなどの工学的な対策が検討されています。 しかし,地球システムという視点から見ると,これまでの議論で忘れられていた点がいくつか浮かび上がってきます。 工学的な対策は,環礁の島の形成が波などの物理的過程だけによってできると考えています。 しかし,環礁の島の成因を考えるにはそれだけではなく,サンゴ礁の生物・化学的な過程,さらには環礁の島の上に住む人間との相互作用も考えなければならないのです。

環礁の島々を作る砂は,その沖側にあるサンゴ礁で作られたサンゴや有孔虫(星砂もそのひとつ)の石灰質骨格のかけらです。 こうした生物が元気に生きていなければ,島を作る砂の供給もストップしてしまいます。 サンゴ礁はまた,自然の防波堤の役割も果たしています。 つまり,海面が上昇してもサンゴ礁が健全であれば砂の生産も防波堤としての機能も維持されて,環礁の島は海面上昇に追いつくことができるのです。

さらに,環礁の島はココヤシやパンの木など様々な植生におおわれていますが,こうした植物が根をはって土壌を作ることによって,砂でできた島の地形を安定化しているのです。 多くの植物は,果実を食用にしたり,幹をカヌーとして利用したり,葉を屋根をふくのに用いたりと,様々に利用されています。 そしてこれらの植物はいずれも,島に住む人間が持ち込んで大切に管理してきたのです。 つまり,島に居住する人間の植生管理システムが,持続可能な資源の利用と島の地形の安定化との両方に役立っていることがわかりました。

ところが,いくつかの環礁では都市化が進んで,自然とその管理システムがすっかり破壊され,サンゴはすっかり死んでしまいました。 植生も荒れ果てて,行き場のないゴミがいたるところに散らばっています。 サンゴ礁の健全度と植生管理システムの崩壊は,環境変動に対する環礁の島の対応力を著しく弱め,海面上昇に対する水没の危機を高めます。 サンゴ礁や植生などの生態的要因,自然と人間との相互作用が,環礁の島々の地形と資源の維持に大きな役割をもっていることを評価することができれば,サンゴ礁や植生の再生によって環礁の島々を守ることができるはずです。 こんな視点から,現在太平洋の真ん中のいくつかの環礁で調査を進めています。

 マジュロ環礁

マジュロ環礁

古環境変動の記録者としてのサンゴ礁

サンゴ礁は環境変動に密接に関わって形成されます。このことは逆に,サンゴ礁とサンゴに,過去の環境変動が記録されていることを意味します。

サンゴ礁は海面すれすれまで作られますので,サンゴ礁のボーリング調査をすることによって過去の海面変化の歴史を復元することができます。 今から2万年前の氷河時代には,大陸の氷床に地球の水が集中して海の水が減り,海水面は今よりも100m以上低かったのです。 氷河時代が終わるとともに氷が融けだして,海面は1000年あたり10m以上(100年で1m以上)という今世紀の海面上昇より速い速度で上昇していきました。 海面上昇は,氷の融け方を記録しているわけですが,サンゴ礁は海面上昇を記録する正確な記録者であることがわかりました。

海面上昇は,世界のどこでも同じではありません。 氷が融けて海水が増えることによって,地球が変形したからです。 つまり,海面変動の地域的な差を明らかにすることによって,地球の変形の様子,さらには地球の内部の状態を明らかにすることができます。

サンゴは,枝状,テーブル上など様々な形を持っていますが,この中で丸い塊状のサンゴには石灰質骨格の成長速度が季節的に異なるため,木と同じ様な年輪が刻まれています。 成長速度は1年間に1cmほどです。サンゴの中には,高さ3mほどのものもありますから,そうしたサンゴには約300年間の記録が刻まれていることになります。 1 cmの年輪から0.5 mm ごとに試料を削りだして,その分析をすることによって,月単位の変動を復元することができます。 私の研究室では,琉球列島やパラオ諸島,さらにはインド洋からサンゴ年輪を採取してきて,その分析を進めています。 パラオのサンゴ年輪からは,過去50年間のエルニーニョの歴史を復元することができました。 喜界島では,化石サンゴの年輪から今から6000年前のこの海域の水温と塩分を復元することができました。 さらに現在は,インド洋で最近見つかったエルニーニョの兄弟ともいえる変動を,過去100年間にわたって復元する研究に取り組んでいます。

 年輪を持つハマサンゴ群体(石垣島,名古屋大学 阿部さん撮影)

年輪を持つハマサンゴ群体
(石垣島,名古屋大学 阿部さん撮影)